感想・書評

『セイレーンの懺悔』中山七里 感想マスコミ報道の闇は晴らせるのか?

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セイレーンの懺悔
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前回のアメリカ大統領選、ロシアのウクライナ侵攻、LGBT法案、新型コロナウイルスのワクチンについてなど

マスコミの偏向報道の酷さに憤りを覚えていたので興味をもって読みました。

 

もっとも『セイレーンの懺悔』のあらすじはある女子高生の死体がが廃工場で顔を薬品で焼かれた状態で発見され

その犯人を追いつつ報道するマスコミ記者の話なので偏向報道がテーマというわけではありません。

しかし、異常な事件が起きる度にマスコミが被害者、加害者を問わず

根掘り葉掘りほじくって報道の枠から外れて事件をエンタメにしてしまっているということは日頃から感じていました。

なので、主人公であるマスコミ側の朝倉多香美と捜査一課の宮藤刑事のやりとりは胸がすく思いでした。

朝倉多香美が先輩である里谷太一に連れられ宮藤刑事に初めて会ったときのシーン。

 

女であることを武器にするするのに反発や逡巡はない。使える武器はモラルに反しない限り何でも使う。男だって体力という性差を利用している。女である自分が色香や愛嬌という性差を利用するのにどれほどの違いがあるというのか。 p.49

 

女を武器にすることを良しとしない女性が多い(?)中でこの割り切りはプロとしては素晴らしいと思います。

 

著者の中山七里さんはエッセイの『中山七転八倒』のなかで
「作品で伝えたいメッセージなどない」というようなことを書いているので

諸々のセリフは著者である中山七里氏の考えではなく小説の役柄が語っているだけと理解しています。

 

皮肉屋の宮藤刑事にやりこめられて里谷に諭されるシーン。

詰まるところ報道の使命というのは伝えることだ。政治・経済・社会。今、どこで何が起こって何が隠されているのか。口幅ったくいえば例の知る権利ってヤツだが、俺たちの仕事は真実を報道することであって主張することじゃない。判断し、批判するのは大衆であって、俺たちは正当な判断が下せるように正確な情報を提供する・・・・・・そう割り切ったらどうだ」p.88

 

これは正論ですが実際のマスコミは違うと感じます。
切り取りに寄って大衆をある方向に誘導したり、報道しないことによって存在しないことにしたり。

 

事件の報道ではあまりないかもしれませんが政治的なことなどは特にそのような傾向を強く感じます。

最近では著名人であっても地上波のテレビに出演させてもらえない人が大勢いるのはその証拠ではないでしょうか?

YouTubeなどは検閲が激しくGoogleの意向にそわない動画をアップすると即削除。

下手をすればアカウントの停止までしますから。

セイレーンの懺悔

 

本来社会の公器であるはずの報道機関が公正中立の立場をわすれて偏った報道をするのは正しいことじゃない。あれはバラエティ色を付加して差別化を図るための苦肉の策だ。たとえばNHKが右や左に傾いたらどうしようもないだろう? p.88

現実にはそのNHKが明らかに中立から外れて偏向した報道を日々繰り返しているから困ります。

ロシアのウクライナ侵攻に関してはとにかくウクライナに肩入れしています。

 

そしてまた宮藤刑事と多香美のやり取り。

「警察が追っているのは人じゃなくて犯罪だ。真相を突き止めているわけでもない。法を犯したのは誰かを特定しているだけだ。だがマスコミが追っているのは憎悪の対象だ。明らかにしようとしているのは、自分たちとは無関係だと思いたい悲劇や人間の醜さだ。 p.217

どうして被疑者の家族やら元クラスメートやらの証言を欲しがる?被疑者の書いた卒業論文を入手したがる?この残虐な犯人はこんな風にして誕生しました。この破廉恥な人間はこんな風に上辺を取り繕っていました。・・・・・・少なくとも俺たちは秩序を保つために犯罪を追っている。だが、君たちは第三者の好奇心を満足させるために追っている。自分がどれだけ不幸であってもこいつらおりはマシだと優越感をいだきたいろくでなしどもの需要に応えているだけだ。 p.216

まったく同感です。
なので私はもうニュースを見るのは見出しのみでワイドショーは基本見ません。

 

「前にも言ったがな。警察とマスコミ、似たような仕事をしていても決定的に違う点がもう―つある。君たちは不安や不幸を拡大再生産している。だが少なくとも俺たちは犯罪に巻き込まれた被害者や遺族の平穏のために仕事をしている。市井の人々の哀しみを―つでも減らそうとしている。それが君たちのしていることとの一番の違いだ」 p.222

公務員とビジネスの違いといえば身も蓋もなくなりますが、

テレビは視聴率が上がってなんぼ、週刊誌は売れてなんぼの世界。

世の中がよくなろうが悪くなろうがそれは後回し。

 

それはゴシップ週刊誌が名誉毀損で訴えられて何度も敗訴していることからもわかるのではないでしょうか。

 

この文章を書いている2024年2月25日あたりでは

文春砲といわれる週刊文春が芸能人の松本人志氏のセクハラ疑惑を大々的に連載しています。

 

『セイレーンの懺悔』の中では、宮藤刑事の言葉や取材を続ける中で自分の仕事に誇りをもてなくなってきた多香美に里谷がいいます。

今更、何を言っている。人が隠したがっている秘密を暴き、失敗をあげつらい、公衆の面前で恥を掻かせその成果を生活の糧にする。そんな職業が異常でないはずがないじゃないか。そして俺もお前も、それを承知した上で給料をもらっている。この期に及んで聖人君子ぶるな」 p.273

ほんとに辛い職業だと思います。
志望したときは志を高く持っていても企業に属する限り社の方針には逆らうわけにもいかず、かと行って会社の看板なしに取材がどこまでできるか?

 

救いは昔は発表する場は限られていましたが現代はネットを使えば誰でも発信することはできるということででしょうか。

信用のあるジャーナリストなら有料記事やYouTubeの有料チャンネル、ニコニコ動画などいろいろな手段が使えます。

 

セイレーンの懺悔』の文庫版の解説は池上彰さんが書いているのですが、

池上彰さんの番組や著作には池上彰さんの偏った考えが出ているのであまり好きではありません。

まぁ書籍はそれでもいいのでしょうけどテレビでそれをやられると

ほとんどの国民が読書をしなくなって現代ではいいように誘導されてしうのではないかと危惧します。

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