『凶犬の眼』 柚月裕子 著の感想は「少年よ、極道を目指せ!」

『凶犬の眼』 柚月裕子著 感想
任侠、ヤクザ、極道、暴力団。
名前はいろいろあり各々生き方も違うかもしれない。
『凶犬の眼』は『孤狼の血』に続く作品。
主役の刑事の日岡秀一と準主役ともいえるヤクザの国光寛郎の正義と仁義の物語。
ヤクザ小説は組と組員の関係が複雑で覚えきれないのが難点だけど、
それを差し引いても柚月裕子氏のヤクザ小説は面白い。
登場人物の男気に涙ぐむこともある。
現実のヤクザとのお付き合いはないので『凶犬の眼』に出てくるようなヤクザが居いるのかどうかはわかりません。
でも、「極道」という言葉には茶道や剣道と同じように「道」という字が付いているので
本来は何か理想の姿のようなものがあったのはないかと思いたい。(これは社会学的?に合っているのか?)
少年よ、極道を目指せ!
いつの頃からか、躾はモラハラといわれ、教師が手をあげると暴力といわれモンスターペアレントが怒鳴り込んでくる。
その結果、子供は教師をはじめとした大人を舐めてかかるようになった。
街には大人に対する口のきき方もしらない子供が溢れている。
ヤクザは、組長の家に住み込みで修業するときや事務所詰めのとき、部屋のなかはもとより、玄関からトイレの隅々まで、掃除を徹底的にやらされると聞く。国光たちが言う習慣というのは、おそらくそのとき身についたものだろう。
上記のようにヤクザは上の者に礼儀を厳しく躾けられる。ちょっと間違おうものなら暴力も厭わない。(らしい)
その代わり、親(組長)は子(組員)を全力で守る。(現実にそうなのかは知らないけど)
学級崩壊を防ぐにはもはやこのぐらいしないとどうしようもないのではと思う。
仁義と正義
仁義と正義の違いってわかりますか?
私は下記の文章を読むまで考えたことはありませんんでした。
仁義と正義。
一文字違うだけで、意味合いは大きく異なる。国光がしたことは正義か、と問われれば、否、と答えざるを得ない。なにがあっても人の命を奪うことは許されず、その行為を容認してはならないからだ。だが、仁義であるか、と問われれば、肯くしかない。それがヤクザの掟だ。
抗争になれば、個人的恨みがなくても、先頭に立って相手方の命を殺る。 しかし、亡くなった人の冥福は祈る。
国光が言いたいのはそういうことだろう。
ヤクザになれば、殺る殺られるは当たり前のこと――そこに、人情の入る隙間はない。
任侠物といえば今野敏さんお『任侠シリーズ』もオススメです。
こんなヤクザならわが町にも居て欲しいと思ってしまいます。
『任侠書房』
『任侠学園』
『任侠病院』
この後も出ています!




